杏山カズサの選択 4A ブラッドアーカイブ

杏山カズサの選択 4A ブラッドアーカイブ


目次 前話


カズサは完膚なきまでに敗北した。

強化したはずの愛銃は豆鉄砲にしかならず、過去の経験から何だかんだ強いと思っていた自身の慢心を全て打ち砕かれ、地に伏せている。

ホシノに蹴られ続けて朦朧とする意識の中、カズサは吐息と共に小さく声を漏らす。

 

「それ、でも……!」

 

それでも、ここで諦められないものがある。

その理由について、カズサにはうまく言語化できない。

友達を奪われたから? ホシノに騙されていたから? 麻薬なんかを広める悪だから?

おそらくそのどれもが正しく、どれもが正しくはない。

全てを一言で説明できるような簡単なものではない、複雑に入り混じった激情がカズサを突き動かしていた。

 

体を丸めてかばう様に腕を前に突き出す。

ホシノの振り降ろした足に弾かれ、腕の骨がミシリと悲鳴を上げる。

 

「ぐうう、あああああ!」

 

だがカズサは痛みすら無視して強引に体を起こし、タックルするようにホシノに覆いかぶさった。

 

「うん? どうしたのさカズサちゃん、急に抱き着いたりし……て……? っ!?」

 

小柄なホシノよりも10cmも身長があるカズサが抱き着く。

蹴られないようにするため密着しようとしたのかと疑ったが、半分以上が覆われた視界の片隅で何か細長いものが飛んだのをホシノは見逃さなかった。

それが手榴弾のピンであることを認識した瞬間、カズサは逃がさないとヒビの入った両腕の力を強めた。

カズサの目に諦観の闇は無く、なおも抵抗の灯が灯っていた。

 

ドオオォォォン!! と手榴弾が爆発する。

服の下に隠したミレニアム製の特製手榴弾が、カズサとホシノの密着したゼロ距離間で破裂した。

もはやこれしか打てる手立てはなく、自爆テロを敢行したのだ。

当然カズサ自身も無事ではいられぬ奥の手だ。

それでも刺し違えてでもホシノを殺すという意志がそうさせた。

 

「ぐ……う……っ」

 

けれど衝撃で飛ぶと思われた意識が未だあり、体を貫く熱さすらないことにカズサが目を開けると、ホシノは初めて膝を付いていた。

手榴弾の爆発を両手で包んで防いだのだろう。

爆発の範囲を最小限に抑えたたため、その手の中でより圧力を掛けられ威力を増したことで吹き飛んだ破片でズタズタになっていた。

 

「いっ、たいなぁもぉ!」

 

例えそれがホシノの自爆であったとしても、カズサはこの日初めて有効打をホシノに与えた。

 

「なん、で……」

 

しかし喜びなどは無く、そこには困惑しかなかった。

自身をかばって助けたホシノに、自身が何をしようとしていたのかさえ一瞬忘れて、カズサは呆けたようにそれを見つめていた。

 

「カズサちゃん……今、死のうとしたね?」

 

無造作にカズサの胸元を掴んで引き寄せ、光を映さぬ目でじっと見つめながら、カズサの返事すら待たず、ビリビリと痺れるような大声でホシノは吠えた。

 

「この私の前で! アビドスで! 死ぬなんて許してやるものか!」

 

「ぐぅっ!?」

 

ズタボロに焼け焦げた手を握りしめて、ホシノはカズサを殴りつける。

呻き声を上げるほどの大怪我でありながら、そんなものは関係ないと拳を振るった。


「命は粗末にするものじゃあないんだよ。少し頭を冷やしなさい!」

 

先程怒りに任せて蹴られた時と比較しても尚余りある、鋭い痛みがカズサの脳を揺さぶる。

麻薬を広めて命を弄んでいる自分を棚に上げて、それだけは許さぬと激情を露わにするホシノ。

彼女の声を子守唄に、ゆっくりカズサの意識は闇へと落ちていった。

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

  

カズサが目を覚ました時には牢屋の中だった。

当然のことながら武器弾薬の類は全て奪われ、ゲヘナの特別牢を模した地下牢に幽閉されていた。

 

「ホシノ様に逆らうだなんて、バカな奴だよな」

 

「でもあのお優しいホシノ様を怒らすだなんて、コイツどんなことやらかしたんだか」

 

「そこは詮索禁止だってさ。つっても砂祭り終わるまでずっとってのは相当な処罰だ」

 

「そうだな、こんな愚かな奴には、見た目取り繕っただけの不味い飯がお似合いだね」

 

「マダムにもホシノ様の爪の垢程度には、私たちに優しさがあれば良かったのにな」

 

「昔の話は止めよう。今ではこうして美味い食事にもありつける。見張りは少し退屈だけど、暇つぶしに話してても怒られたりしないし」

 

「言えてる。ここはエデンだ」

 

「アビドスこそがエデンだったのか。そりゃあトリニティもゲヘナも条約なんて結べるわけないな」

 

「あははははは!」

 

見張りの少女たちの明るい会話を聞き流しながら、カズサは黙々と食事を口にする。

カズサに出された砂糖の入っていない食事は、砂糖中毒に侵された舌では残飯にしか見えないのだろう。

それでも食べなければ飢えるし、拒否すれば見張りが強引に胃に流し込もうとしたこともあった。

捕まった時点でいくらでも砂糖漬けにすることはできたのだから、今更砂糖が入っているかどうかを疑ったところで意味は無い。

拒食症なんて言っていられれない。

今は少しでも体力の消耗を抑え、虎視眈々と外に出る日を伺っていた。

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

「……脱走者って見つかった?」

「いいや、3人までは捕まったけど、残り1人に逃げられたってハナコ様が言ってた」

「捜索してたのってあのRABBIT小隊だったっけ。それでも無理だったのね」

「はっ、ざまぁないね。ホシノ様の寵愛を受けておきながら、この体たらくとは」

「ホシノ様バチバチに怒ってたもんね」

「しごきに顔青くしてて見ものだったぜ」

 

 

「まだまだ人足りないから砂糖の布教ペース上げるってさ」

「聞いた聞いた、ついでに脱走者の捜索も兼ねてるらしいよ」

「へぇ、そんなに探すってことは、スクワッドのロイヤルブラッドみたいな貴重な能力でもあったのかね」

「ううん、大事な後輩だからってホシノ様言ってた」

「……愛されてるな、まったく。そのシロコってやつが羨ましいよ」

「私たちはマダムからもスクワッドからも切り捨てられた立場だしね」

「ホシノ様が拾ってくれなかったら、今もアリウスで縮こまって生活してたんだろうな」

「あるいは一発逆転に掛けて、どこかの自治区の乗っ取りに動いてたかも?」

「私らが? ないない、『全ては虚しい』で野垂れ死んでたに決まってる」

「あはははは! そうだね」

 

 

「うちもだいぶ人増えて来たよな。どこもかしこも建築ラッシュだ」

「砂漠の方でも色々やってるみたい。オアシス作るって言ってた」

「オアシス? そんなもの作れるのか?」

「今は砂に埋もれてるけど、元々あったらしいよ? 地下の水脈さえ見つけられれば整備して観光名所にするって」

「上手く行くといいな」

「温泉開発部が間欠泉は見つけたっぽいから、水脈自体はあるはずなんだよね。部長も本腰淹れてゲヘナの部員全部連れて来たみたいだし、何とかなるでしょ」

 

 

「あのでっかい砲台なんに使うんだろうな? イージス?」

「ミサイル迎撃もできるっぽい。でも他の使い方がメインだって」

「あ~、広範囲に砂糖が撒けるんだっけ? ……だめだ、ハナコ様が放水してるイメージしか湧かない」

「あれ良いよねぇ、ってそうじゃなくて、お祭り用に花火が打ち上げられるんだってさ」

「花火かぁ。私たちの頑張りでお祭り開けるくらいまで来たってことだよな」

「うん、ワクワクだよ。そうだ、名前ももうついてるんだって」

「古参面したいから聞かせろよ。それも観光名所になるんだろ? 私は詳しいんだ」

「サンモーハナストラ。神様の武器にあやかってるらしいよ」

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――

  

定期的に届けられる食事以外で、日の差さない地下牢では時間の感覚がない。

カズサはずっと牢屋の中ではなく、定期的に連れていかれてシャワーを浴びることもできており、身綺麗にはできている。

監禁されているという大きすぎる点に目をつぶれば、食事も三食出ているし健康的といっていい扱いだった。

やがて何日、あるいは何週間たったのかさえ分からず、それでも諦めずにいたカズサに、ついに転機が訪れる。

 

――ドオオオォォォンンッ!

 

地下牢に響いた音に、少女たちが顔を上げる。

 

「お、花火だ。ついに始まったんだな」

 

「砂祭り、結局何するのかフワッとしか分かんなかったけど、花火と出店があるってのは良いよね」

 

「それだけあれば十分じゃないか? あたしら祭りなんてやったことないし、小難しい伝統とか聞いてもちんぷんかんぷんだっての」

 

「うん……そうだ、ハルナさんが特製のりんご飴作ってくれるって言ってた」

 

「りんご飴! 何かこう、すごい心惹かれるワードだ」

 

「……ちょっと抜け出して買いに行かない?」

 

「へ? でも見張り……」

 

「すぐ戻ってくればばれないよ。それにこの子入れておくのは砂祭り終わるまでってホシノ様言ってたし」

 

「あ―たしかに、恩赦で釈放されるのか。ならもうすぐだし、ちょっと行ってもいいかな?」

 

「行こう」

 

「よっし、おいお前! お土産買ってくるからおとなしくしてろよ」

 

そういって少女たちは見張りの役目を投げ捨て、鼻歌を歌いながら遊びに出掛けて行った。

ポツンと1人残されたカズサだったが、さすがに丸腰では牢屋からは抜け出せない。

そこに小さな影が音もなく忍び寄った。

 

「カズサ、ここに居たんですね」

 

「……アリス?」

 

声を掛けて来たのは、わずかな時間行動を共にしたアリスだった。

アリスは被っていた段ボールを投げ捨て、牢屋に近寄って来る。

 

「あんた、どうしてここに……?」

 

「助けに来ました、じゃないです。助けてくださいカズサ」

 

「はあ?」

 

アリスの言葉の意味不明さにカズサが首を傾げる。

助けに来たのならまだ理解できるが、捕まっているカズサに助けを求めるとはどういうことだろうか。

 

「アリスはミレニアムがバックに居るんだから、私に頼る必要なんてないじゃん。治療薬だって研究するって言ってたし」

 

「ないです」

 

「え?」

 

「治療薬は、まだできていないんです。アリスたちも頑張ったんですけど」

 

「そんな……」

 

アリスの言葉に絶句する。

それはつまり、スイーツ部の皆を助けられないという事だ。

続くアリスの言葉に、カズサは現状を否応でも理解する。

 

アリスの行動に僅かに遅れるようにしてシャーレに辿り着いたシロコによって、先生は状況を全て理解した。

それによりトリニティ、ゲヘナ、ミレニアムの三大校を中心として連合が結成されたものの、即座にアビドスを排除する方針と治療薬の作成を優先する方針がぶつかっていた。

その中で先生は、苦しむ生徒を救うために救護騎士団や救急医学部と連携して治療薬の研究を進めるように動いていた。

アリスも暴れる生徒の鎮圧や治療のためのサンプル集めに各地を走り回ったものの、ゼロからの手探りで進む研究は、あまりにもスピードが遅かった。

何が効いて何が効かないのか、そもそも麻薬に効く治療薬が存在するのかさえ分からず、過労で倒れる者さえいた。

それでも時間さえかければ、光明は見えるはずだったのだ。

 

「でもアビドスが攻めてきて、シロコを返せって言うんです。段々攻勢が強くなってきて、ノアが怒りました」

 

続く攻勢に最初に我慢の限界が来たのはノアだった。

治療薬はまだできていないのに、中毒者は増えていく一方だった。

改善の兆しが見えぬ惨状は、忘れることができないノアにとって果ての見えない地獄だ。

もはやのんびり治療薬を作っている暇はなく、先に元凶を叩かなければいけないという思考に陥った。

それにゲヘナの万魔殿も賛同し、巡航ミサイルが今作られている。

 

「だからアリスは、ミサイルが撃たれる前に決着をつけるべく、こうして砂祭りに混じって潜入してきました。ネル先輩や風紀委員会も動いてくれています。だからカズサ、アリスたちを助けるために手を貸してください」

 

「……わかった。ミサイル撃たれたら私も巻き込まれるし、手伝うよ」

 

「ありがとうございます、アリスは嬉しいです!」

 

カズサの返答に、アリスはニパッと笑った。

 

「じゃあまずは、そこから出さないといけないですね」

 

「鍵がどっかにあるはずだからそれを探して――」

 

「えい!」

 

鍵を探させるつもりだったカズサだが、アリスは牢の扉を掴んでバキリと引き剝がした。

 

「開きました!」

 

「……力強いね」

 

「破壊不能オブジェクトでないならそれは想定された挙動です。これが一番手っ取り早いです!」

 

「そう……行くよ」

 

「はい!」

 

アリスを連れ立って地下牢を出たカズサ。

幸いにも近くの武器庫にマビノギオンが置かれており、誰がやったのか知らないがきっちり整備もされていた。

不用心にもほどがあるが、今はそれに感謝した。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――

 

「うへぇ~出てきちゃったんだ、カズサちゃん」

 

久しぶりに顔を合わせたホシノは、外を出歩くカズサを見咎めて顔を顰めた。

 

「今すぐ回れ右して大人しく待っていてくれるなら、叱ったりはしないよ?」

 

「冗談でしょ。あんたの指図なんて受けない」

 

「う~ん、それもそうかぁ。ご飯も食べてて疲れもない、元気一杯カズサちゃんならそういうよね」

 

「腹ペコキャラ扱いすんな。どういうつもりか知らないけど、今度こそ目にもの見せてやる」

 

カズサに砂糖を盛らなかったホシノの意図は分からない。

それができる機会はいくらでもあったはずだが、現にカズサは未だ砂糖なんて欲しくもないし、ホシノへの怒りも残っている。

 

「ヒナちゃんやハナコちゃんとも連絡付かないし、お祭りに浮かれてるって感じじゃなさそう。うあー酷いことするよねぇ。え~っと……アリスちゃんだったっけ、これは君の手引きってことでいいのかな?」

 

「ひっ!」

 

薄く開かれた目、そこにある蛇のような丸い瞳に射竦められ、アリスが思わず一歩後ずさりする。

 

「別に心配はしていないんだよ。2人とも強いし、強引な手を使ってくるならこっちとしても全力でおもてなしするだけだし。ただしてやられたな、って八つ当たりするくらいはいいよね?」

 

「あ、アリスは負けません! どんなに強いホシノが相手でも、勇者に敗北は無いんです!」

 

「良い啖呵だ。おじさんは嬉しい!」

 

怯えながらもきっぱり宣言するアリスに、よくできましたと言わんばかりにホシノが鷹揚に拍手する。

 

「それじゃ勇者ちゃんを相手にするんだから、おじさんも悪~い魔王としてそれなりの手段を取ろっかな」

 

「? ホシノ、何をするつもりですか?」

 

「こうするんだよ~、それポチッとな」

 

懐から取り出した赤いボタンが付いた小型のリモコン、それをホシノは躊躇いもなく押した。

すると僅かな地面の振動と共に、ホシノの背後にそびえたっていた砲台が音を立てて動き始めた。

 

「巡航ミサイル作ってるんだっけ? ならこっちも同じようなの作っててもおかしくないよねぇ?」

 

「ホシノ……あんたまさか!」

 

「お、牢屋番の子たちから聞いたかな? あの子たち実はおしゃべりだからね、まあしゃべるようになったのうちに来てからだけど……」

 

カズサが察知してホシノを咎める。

地下牢で聞き耳を立てて集めていた情報から察するに、ろくでもないことになると確信したからだ。

 

「そう、これこそが『サンモーハナストラ』、打ち上げ花火から砂糖焼夷弾まで自在に撃てる、新しいアビドスの抑止力。範囲はキヴォトス全域の予定だけど、まずはミレニアムからかな?」

 

真上を向いていた砲台は、徐々に角度を付けて傾いている。

その照準の先にはミレニアムの自治区があるということは、即座に理解できた。

 

「そんなことはさせません! アリスたちが止めて見せます!」

 

「やってみせなよ、勇者ちゃん。おじさんの妨害を潜り抜けてね」

 

「……いいや、アリス。あんたは砲台の破壊に行って」

 

対峙していた二人の間に入り、カズサはサンモーハナストラを指さしてアリスに言った。

 

「アリス、私の銃よりあんたのでっかい武器の方が、アレを破壊できる可能性が高い」

 

「でもカズサ、ホシノは強いです! 2人で戦わないと――」

 

「ミレニアムではまだ治療薬の開発やってるんでしょ。2人で戦ってて時間切れになって、万が一にでもアレを撃たせちゃいけない」

 

ミレニアムの巡航ミサイルとアビドスのサンモーハナストラ、どちらが撃たれても地獄だ。

サンモーハナストラが先に撃たれてしまえば、キヴォトス全域から報復の怒りが向けられる。

既に片足を突っ込んでいる泥沼の争いだというのに、アビドスにミサイルを撃たれるよりもより酷い、まさにこの世の地獄が顕現するだろう。

 

「で、でも……」

 

なおも言いよどむアリス。

ヒマリの分析した情報ではレベルが違い過ぎて勝てないという結論だった。

だからアリスはカズサを味方に付けた。

2人でも勝てる可能性は低いのに、カズサ1人では厳しいというしかない。

 

「ああもう、こう言わないとだめ? ……ここは私に任せて先に行って!」

 

「! 誇り高き戦士よ、その言葉に感謝します。アリスは先に行きます!」

 

カズサの宣言に、アリスも決心した。

即座に走り出して離脱したアリスを横目に、ホシノがカズサに問いかける。

 

「せっかく来てくれたのに、手伝ってもらわなくていいの? その方が勝算もあったと思うけど?」

 

「要らない。あんたは私が倒す」

 

「うへぇ? 殺す、じゃないんだ?」

 

「……」

 

ホシノの指摘に、カズサは口籠る。

今まで殺す殺すと吠え立てていたのだから、カズサの言葉に首を傾げるのも当然だろう。

 

「……牢屋の」

 

「ん?」

 

「牢屋で見張りしてた子たちの話を聞いた。どの子も二言目には言ってたよ、『自分たちを見つけてくれた』『毎日が楽しい』って」

 

「……あの子たちが?」

 

「砂糖をばら撒いて中毒にして、それで人を集めて兵器まで開発して何やってるんだって思ったよ」

 

「……」

 

「あんたたちがやったことは許せないし、殺したいと思った……でもそれが正しいのか分からなくなった」

 

ホシノたちがやったことは紛れもなく悪であり、裁かれるべき罪だ。

だがアリウス生徒という、その罪によって救われた人間がいるということを、カズサは知ってしまった。

例えどれだけ自分勝手な理由であったとしても、ホシノは少女たちの生存を確約し、幸福になりたい欲求を満たしていた。

ベアトリーチェに切り捨てられ、スクワッドとも対立した少女たち。

全ては虚しいと教育され、助けを求めることさえ知らない子どもの手を、強引にでも引っ張ってやれたのはホシノだけだったのだ。

ホシノたちの行った数多の功罪、その功に気付いた時、カズサの殺意が揺らいでしまった。

 

「私は諦めない! まずはあんたを倒す。後の事はそれから考える!」

 

カズサが構えた銃を撃つ。

牽制として放たれた1発だけのそれは当然のようにホシノの盾に防がれ……僅かに盾が傾いた。

 

「うへぇ……強くなったね、カズサちゃん」

 

銃弾に込められていたのはがむしゃらに濁った殺意ではなく、確固たる信念。

自身にダメージを与え得る攻撃に、ホシノが目を丸くした。

 

「それじゃ、戦おっか」

 

勝負になりうる相手を前にして、ホシノの口角が吊り上がった。

 

 ――――――――――――――――――――――――――

 

ホシノは強い、という何度も味わった当たり前の事実をカズサは再認識していた。

ショットガンの威力は高く、直撃すれば意識を持っていかれるだろう。

そしてこちらの攻撃は、片手に持つ盾でダメージがほぼゼロにされる。

それでいて重さを感じさせない軽やかな身のこなしは、まるで踊っているかのようで。

本気になったホシノはまさに移動砲台だ。

 

「くうっ!」

 

強くなったと言われたカズサであっても、依然その差は大きい。

飛んでくる弾丸を服の端を掠めるようにして走りながら避け、返す刀で撃ち返しているが有効打にはなっていない。

 

「中々やるねぇ、おじさん楽しくなってきたよ~」

 

雨あられのように降り注ぐ散弾。

ホシノの黒い手袋で見えにくいが、その指先の僅かな動きを察知して、猫のように素早く動いて避け続けるカズサ。

その時、轟音を立ててサンモーハナストラから爆発音が響いた。

 

「うへぇ、流石は勇者ってところかな。護衛の子もたくさん置いてたんだけどね」

 

ホシノの言葉は、アリスの成功を確信した一言だった。

これでキヴォトス全域に砂糖を広めるホシノの策略は頓挫したのだ。

 

「……でもまぁ、砂祭りも開催できたし、終わりってことでいいかな」

 

「……ここだっ!」

 

虎視眈々と機会を伺っていたカズサが、飛び込むように肉薄する。

ホシノの盾をこじ開け、至近距離で撃ち放った瞬間。

 

「え……?」

 

「はっ?」

 

バシャリ、と生々しい音が響いて、カズサの視界が深紅に染まった。

今までではあり得なかった状況に、ホシノもカズサも理解の及ばない戸惑いの声が上がる。

カズサの銃弾が、ホシノを貫いた。

ただダメージを与えた、というだけではない。

貫通して大穴を開けたことでカズサは頭からホシノの血をかぶり、むせ返る香りに身体が震える。

 

「げほっ、そういう、ことか……」

 

ぐしゃり、と支えを失った人形のように崩れ落ちたホシノは、血を吐きながら掠れた声を漏らした。

 

「カズサちゃ、ごめ……声を……」

 

その一言を最期に、ホシノの腕がぱたりと落ちて動かなくなった。

砂糖の結晶が砕けるように、ヘイローが消え去る。

 

「え、死ん、だ……?」

 

この小さな体にこれほどの血が入っていたのか、というほどに大量の血がホシノの体から流れ落ち、砂漠を赤く染める。

 

「私が、こ、殺した……」

 

『やった』『ちがう』

成し遂げた達成感とこんなはずじゃなかったと叫ぶ感情が混ざり、心が千々に乱れる。

数瞬前まで自分を呼んでくれていた口は、もう動かない。

 

『カズサちゃん』

 

ぐしゃぐしゃに相反する感情がカズサの脳裏を駆け巡った。

 

 

「あ、ああ……ああああああああ!!」

 

 

キャスパリーグの牙は王に届き、その腹を食い破って死をもたらした。

人を殺した実感が湧きあがり、むせ返る香りが両手と銃に生々しくこびりついていた。

絶叫するカズサの傍に、影が落ちる。

 

「そう……先に逝ったのね」

 

「間に合いませんでしたね」

 

ヒナとハナコだった。

どちらもカズサ以上に血に塗れ、全身がボロボロになっていた。

ハナコはヒナに支えられなければ立てない程に重傷で、ヒナも常日頃持ち歩いていたマシンガンが見当たらない。

ヒナはハナコから手を放し、ホシノの傍らにしゃがみこんだ。


「おやすみなさい、ホシノ」

 

開きっぱなしだったホシノの目を閉じて静かに告げる。

僅かに冥福を祈ると、その手が跳ね上がってカズサの顔を捉え、強かに打ち据えた。

紙のように吹き飛ばされて落ちるカズサの口元から、小さく声が漏れる。

 

「……して……殺して」

 

「嫌よ。貴女はホシノを殺したんだもの。私が貴女の言う事なんて聞いてあげる道理は無いわ」

 

きっぱりとカズサの願いを切り捨て、ヒナはハナコに向き直る。

 

「ハナコ、どうする?」

 

「お供します。お願いできますか?」

 

「ええ、分かった」

 

言うや否や、ヒナはハナコの首に手を回した。

 

「ありがとう、ございます。お手数お掛けします」

 

「気にしないで。貴女と私の仲じゃない」

 

パキリ、と枯れ枝を折るような軽さで、ヒナはハナコの首を折った。

苦しむことなく一瞬で、笑顔を保ったままのハナコのヘイローが弾けるように砕け散る。

ダラリと力を無くしたハナコの体から手を放し、ヒナは懐からハンドガンを取り出した。

 

「まさかまたこれを使うことになるとは思わなかったけど、そういうこともあるわね」

 

かつての愛銃『ホットショット』

改良は加えられていても、意外と手に馴染むものだとヒナは独り言ちた。

 

「ホシノ、ハナコ。すぐに逝くわ」

 

銃弾がまだ残っていることを確認し、ヒナは自身のこめかみに銃を突き付けた。

一発の銃声が響き、ヒナの体が砂漠に沈んだ。

その頭に、ヘイローは輝かない。

 

「わ、たしが……」

 

笑顔のハナコの発言、突然のヒナの凶行を目の当たりにして、震える声でカズサが声を漏らした。

 

「わたしが、いたから……みんなしんだ……わたしの、せいだ……うう、うわああああああああ!!」

 

小鳥遊ホシノ、浦和ハナコ、空崎ヒナ。

これら3人を幹部としてアビドス砂漠に端を発した一連の事件は、3人の死亡確認を持って終焉を迎えた。

多くの死者を出しながらも、砂糖を巡る一大事件は終息したのだ。

狂乱に泣き叫ぶ1人の少女を、砂漠に置き去りにして。

 

 


 

 

「ねえホシノ、次はどこに行く?」

【うへぇ、そうだね……砂漠は飽きたし、しばらく雪でも見に行かない? おじさん寒さに耐性付けたいんだよねぇ】

「雪か……うん分かった。行こう、レッドウィンターに」



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